愉快な散歩或いは読書

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<<   作成日時 : 2012/01/16 11:31   >>

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ギロツとした眼で
         荒木郁




例へば、先日のクルーズの事故をテレビで見て、老年期の衰弱をタネに金儲けする産業と云ふベティ・フリーダンの言葉を思ひ出した。女子サッカー・チームのお茶会を商売に考へる輩も現れた。輩とは族でもあるから、不逞は一人に限らないだらう。細君は出勤前にテレビの画面の地中海を見て、綺麗だと云ふ。僕は、こほりのぢごくを連想する。空も水も苦手である。

散歩の途中で珈琲店へ。大学を出て、放浪の、放蕩の時代にもペンギン文庫を持つて珈琲店で一人の時間を過ごしたことがあつた。今日は受験生のための古語辞典を愉しむ。辞典の多くは受験生のためのであるが、普通に愉しむには十分である。辞書には大抵前書きや序文なるものがある。其れは珍しくもないだらうが、いま読んでゐる辞書にはあとがきもあるのだつた。辞書にあとがきがあるのを、僕ははじめて知つた。ペンギン文庫では、現代小説の場合に解説もあとがきもないと思ふ。ずつと後に、The Radiant Way を読み始めて、よく判らないことばかりで自分の能力の無さに呆れたことがある。或る人が云ふ。小説は、最初と最後を読んで、よく判らなければ真中を見る。大抵は其れで理解できると云ふ。確かにさう思はれるふしがある。鴎外も荷風も谷崎も、僕は適当に読む。話を最初に追ふことはないである。言葉だけを見てゐる。其れから最初に戻つて丁寧に読み始める。面白くない小説は直に判る。外國語の小説が上手くないのは同じやうに読んでゐるからだらうか。源氏も栄花も・・・。

前後と中。細雪は何処から読んでも同じかもしれない。就寝前の少少。ところが昔とは異なり、文学全集の一巻である本は活字が小さい。横になりながらの老眼鏡は不便である。僕は、文学全集の効用を信じてゐるが、此れはしつくりと行かない。歴史的かなづかひは見やすく読みやすい筈であるのに足りない。・・・原発による明かりなのか、太陽光なのか。老人を忘れた議論は無意味ではないかと思ふやうになつた。病院にあつた大きな活字の文学全集は何かが違ふのである。大きな活字が良い訳ではない。内閣改造の議論も老眼鏡の眼で見ると奇妙である。老いを生きることは死ぬ権利を考へることでもある。細雪を読みながら斯様なことを思ふ自分が可笑しい。

東京大学が秋からの新学期。世界の事情を僕は知らない。春であれ秋であれ、女子大生の一人が云ふ。語学に堪能な人が増えるだらうと。斯様な事は有り得ない。もつと語学のできない学生やインテリが増えるだらうと、僕は勝手な空想を巡らすのだ。テレビでは、諾威の家屋は暖炉の設置が義務づけられてゐると云ふ。そして、山小屋には電気もない。其れらの事と入学時期が関係しないだらうか。暖炉の設置の義務を布哇で実施しても無意味であらうし、語学に堪能な学生がどれだけ必要なのかも判らない。番組に出てきた家族は英語で暮しを説明してゐた。其れで充分である。原発に賛成するも反対するも、安全が問題なのだらうか。僕は、違ふ処にあるやうな気がする。暖炉と蝋燭だけの小屋はなぜ必要なのか。夜、モイーズのミステリを読む。

日本人はもうヴァン・ゴッホやピカソに飽きてしまつて、投資先をすべて稀覯本に向けやうとしてゐるんです、と或るミステリにあつた。此れは本の探偵のミステリであるが、笑つてしまつた。書かれた時代はまだバブルの頃である。作家はセルバンテスの生まれた國の人であるが、稀覯本の世界を舞台にしてゐるから、知らない書名や作家も出てくる。かうした書き方はよく似てゐると思ひながら愉しむ。翻訳の書名が鳥渡好きにはなれないけれど、海外のミステリは上手くて愉しい。モイーズの場合もさうであるが、翻訳に少しの違和感があつても海外のミステリは読めて仕舞ふのがいい。なぜだらうか。よれよれのハンカチを持つて眼鏡を拭く本の探偵が好きで、コートのポケットには何でも詰め込んでゐるのは僕と共通してゐる。今夜は、若い人たちと飲みに行く。彼らを見てゐると二十代も三十代も四十代も、真面目で孤独である。友人だちが集ふのは酒場と墓場であると作家は書いてゐる。たとひ一時の友情であつても笑ひと愉しみを忘れてはならないだらう。

或る人のブログに、Kajsa Ingemarsson の最新の小説の事が書かれてゐる。彼女の作家としてのキャリアは短いのだけれど、彼らは作家を如何に見てゐるのだらうか。当人のブログを見てもよく判らない。夕方より出かける用事があつて、途中で本屋に寄り、新藤凉子の詩集を買ふ。コノ詩人もよく判らない。まあ、だれがだれであるかは・・・。昨日は終電で帰る。今日は疲れて早めに帰宅する。詩集をぱらぱらと読み、モイーズを読み、眠る。起床は午前四時少し前。二人の子持ちの母をママと呼び、離婚して二人の子らを引き取つた人をもママと呼び、ドチラも同じ姓であるのに会話のなかではママと呼び、だれがだれであるのか判らなくなり、最後には幸福も不幸も判らなくなつたのだつた。残された時間はあと少しであらうか。

二人の御婦人がゐる。僕が、彼女らの話を飲みながらする。友人は其れを遮つて云ふ。声がよく似てゐるぢやないか、と。結婚して其其の姓に変つても声は変らないと云ふ事だらうか。口振りもよく似てゐる。さて、細雪の姉妹の声は如何なるものだつたか。書いてあつたのか。鳥渡、僕は思ひ出すことができないのである。僕たちは、最初から彼女らの声を如何に感じて読んでゐるのだらうか。花見や洪水は直に浮かぶけれど、声は重要な読みの一つであるかもしれない。

一陽来復。横になつて今昔本朝篇を読む。多くの僧のなかには源信あり、人名のリストを頭のなかで作り、遊ぶ。気がつけば雨から、そして雪へ。初手より春を夢見るのは早かつた。岩波の全集版で読むが、鳥渡、ルーペが要るなあと思ひ、昨年亡くなつた義父の其れを探し出した。老僧が魚を求める話。鯔と経の因果。今昔の面白さは文体にもあるのだけれど、あらゆるものの寄せ集めであるからだらう。

別れの余韻のあとの、古いエッセイ集を読みながら、大岡昇平の出征の章を読みながら、震災も戦争も同じやうであると思ふ。数十年の昔の、其の本に澤地の書名を見出して僕には書くことができない字であると思ふ。或る処で新年の書き初めがあつて、若い女の人が是非にと僕にも薦められたのであるが、自分の名前を書くことの難しさが記憶にあるので断ることにしたのだつた。テーマは四字熟語である。離婚した二児の母に訊ねる。好きな四字熟語は?彼女曰く、新陳代謝と。・・・此処に一陽来復ありや。

不図、思ひ出し三浦命助を読む。彼は岩手の人である。甚く面白い。仕合よき人の田畑の土を少し宛大ぜいまいあつめ、ぐどにこしらい日びに遣べしとある。家は小ほど大吉也。小さければ家姓のさわりなし。かならじ大きく立べからじ。小さければ仕合よし。忘れてゐたなにかが此処に、此の土地にもあつたのだと思ふ。愚かな政治、政治家に無関心である僕も微笑する。彼は書いてゐる。人をていねいにうやもう人を、けいはくと言て笑也、と。・・・雑誌展望の発刊は戦後まもなくであるが、蛙のうたの叢書版のあとがきに、臼井は当時まだマスコミと云ふ言葉はなかつたと書いてゐる。そして、彼は若く溌溂として呑気だつた。其れをいま見ると不思議な気もするのだけれど、世相はさうだつたのかもしれない。ニュースやテレビの描く東北の其れはやはり真実ではなく、過去が未来を語るべきであるのに、・・・しかし、なにもない空つぽの世界を見てゐる自分が一番の愚かと寂しくもなる。

花降りを読む。面白い。だが、数日の間でなにか読んだ処がある。其の部分は明確であるのに何処で読んだのかが思ひ出せないのである。しかし、彼女の小説ははじめてである。書名が気に入つて手にしたのだけれど、果たして、大岡の小説を連想したのだらうか。・・・米の不作による騒動があつたのは1993年である。いまでは簡単な調理法が知られてもゐるが、当時、タイ米を上手く炊く方法は様様に複雑でもあつた。其れから数年後に出た料理の読むと、当然の事であるが、タイ米だつて色色な種類がある。荒つぽくひとくくりにしないでと著者は書いてゐる。僕が食べたアノ米は何と云ふ名前のものだつたのか。いつの時代も混乱は頭のなかだけではなかつた。そして、同じ本のなかに台所が一変していく昭和三十年代から四十年代とある。幾つもの消えて行つたものを著者は例に挙げる。蠅張。卓袱台。茶箪笥。・・・最後に現れたのはキッチンである。恐らく、僕の子どもは蠅張を知らないだらう。うむ、自分の頭のなかも風を入れなければならない。

台所とキッチンとは違ふものだらうと思ふ。しかし、其の感覚は世代によつて異なる。定年と停年もまた。其の妙なることは嵐山光三郎も書いてゐる。二十五日はバーンズの誕生日だつた。僕は、彼を蛍の光の詩人と見ることに反対であるが、テレビではカクテルの名前だつた。悪くないね。次の日の同じ番組では、一週間の読書時間が語られ、出版点数の多い國ほど読書時間の短いことが判つて面白いのだつた。因みに、第一位は印度である。街へ出ると、歩行の邪魔をしてゐるのは歩行者であり、自転車である。此れは不愉快である。若い人が多いことは愉しいけれど、歩いてゐる人の多くが携帯を見ながらである。昨夜のテレビでは、近くのだれかよりも遠くのだれかとコミュニケーションを取りたがると或るタレントが話してゐた。乱視になりますね。そして、生きてゐる愉しみを見す見す逃してゐることに心配にもなる。Amazon で、例へば、花降りを検索する。すると、この商品を買った人はこんな商品も買っています、とあることに驚く。余計な御世話であらうし、風の婚も百年の恋も陳腐である。

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