愉快な散歩或いは読書

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zoom RSS The Ballad of Lucy Jordan

<<   作成日時 : 2012/02/09 11:50   >>

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ヒッピイ・スタイルの少女達が
                埴谷雄高




青年の環を読んでも死霊を読んでも僕はいつも旅のなかにあるやうなのだ。最近は小屋から殆ど出ることもなくなつた。日常はいつも面白過ぎることでいつぱいだからだらうか。退屈な日々の裏返しに通りに立ち止まつてみる。空を見上げてみる。電車に乗つて隣の駅まで行つてみる。ホームへ上がつて行くと電車の扉の前で車椅子に乗つた中年婦人。若い女駅員が走つてきて恐縮しながら何かを云ふ。時間がないと云ふやうな意味であるが最初僕にはよく判らなかつた。車椅子を車内へ入れることは簡単である。女駅員は其れでも同じ言葉を繰り返し中年婦人も時間がないのだと云ひ感謝の言葉を述べながら電車は発車する。黒いランドセルを背負つた小学生が近くにやつてきて中年婦人が云ふ。見世物ぢやないぞと。彼女はぶつぶつ少年は驚いて逃げて行く。僕は可愛い女を読んでゐた。可哀さうなお母さん。

散歩に飽きて隣の駅まで電車に乗るのは珈琲を飲んで本を読んだり辞書を見たりするためであつた。読んでゐるのは Walter Scott である。彼は蘇格蘭の人である。Kenilworth の序文で William Julius Mickle の詩を引用してゐる。其れは Cumnor Hall と云ふ詩で此の小説は歴史物であるが歴史ではなく物語であると云ふ点では歴史である小説であるが恐らく重要な理解は其の詩にある。The village of Cumnor, within three or four miles of Oxford, boasted, during the eighteenth of Queen Elizabeth, an excellent inn of the old stamp, conducted, or rather ruled, by Giles Gosling, a man of a goodly person, and of somewhat round belly; fifty years of age and upwards, moderate in his reckonings, prompt in his payments, having a cellar of sound liquor, a ready wit, and a pretty daughter. 此れは第一章の第二節のはじめの部分であるが次第に話は面白くなつていく。単純と云へば単純であるが同時代の Jane Auten も単純で中味は大いに異なるけれど良き時代の小説と云ふ気がする。此れをすらすらと水黽のやうに読むことができないのは無学な老人の愚でもあるか怠惰故であらうか。・・・
The death-bell thrice was heard to ring,
An aerial voice was heard to call,
And thrice the raven flapp'd its wing
Around the towers of Cumnor Hall.
此れは最後の章に関連する。The news of the Countess's dreadful fate put a sudden period to the pleasures of Kenilworth.

自転車に乗つた老女がゆつくりと直進する。同じやうな速度で老人の自転車が左からやつて来る。十字路の真中で二人は・・・。Sherwood Anderson の有名な小説 Winesburg, Ohio の最後の方に George Willard と Helen White の話がある。There is a time in the life of every boy when he for the first time takes the backward view of life. 老人となつていまや此の章に特別な思ひは薄れてゐて Elizabeth Willard の話の方がよくなつてゐる。 "The dear, the dear, oh the lovely dear," the boy, urged by some impulse outside himself, muttered aloud. さて彼らは・・・と云へば二人共あまりにゆつくりとした速度だつたからぶつかることはないだらうと僕は思つたのだがドチラも速度は落ちないのである。此れ以下に落とせば自転車は倒れて仕舞ふからだらうか。彼らは其其に直進した。あはやと云ふ処で男の方が左にハンドルをきつて老女の後ろへ着いた形になり暫く走つてから彼は自転車から降りると元の方へと転換したのだつた。In the darkness in the grand-stand Helen White and George Willard remained silent. Now and then the spell that held them was broken and they turned and tried in the dim light to see into each other's eyes. They kissed but that impulse did not last. 老女は強靱でありなにもなかつたかのやうに走り去つた。

最近の本屋は広告で騒々しいと書いてゐたのは森茉莉で其れは昔昔のことであつたが残念ながらいまも同じであることは呆れた話である。本の前に小さなカードを付けて妙な詞書があつて店員の努力と熱心の見本ではあるかもしれないが其れで本を買つて読むなんてことは僕には信じられないのである。此れも騒々しい広告の一つであらうか。文学書が売れないのは当然のことと書いてもゐたかもしれない。或る本を読んでゐると其れは初級の参考書であつたが Mother Goose を引用してゐる。
Peter Piper picked a peck of pickled peppers;
A peck of pickled peppers Peter Piper picked.
If Peter Piper picked a peck of pickled peppers,
Where's the peck of pickled peppers Peter Piper picked?
其れは斯様な早口言葉であるがなぜそれが難しいのだらうか。其の理由は簡単であるが文字にしてみるとなぜ其れが早口言葉でなければならないのかがよく判らないのである。今回の終りは Murder Must Advertise の話に決めてゐたのだつたけれど文庫本が英語版でも翻訳でも見つからない。・・・其処で少し前に書いた Moyes のミステリは Murder a la Mode であつたけれど此れも騒々しさに満ち満ちた本で主人公の Tibbett の翻弄と心労は充分に読者を喜ばせるし広告は公告でもあるやうな愉しさであると訳の判らないことを書いて終了とする。

註 上記の参考書は初級の情報処理の本で Murder a la Mode を読むのにも便利だつた。

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