日時計の天使

人さらひは顔がない、風のやうに。                       コクトー 三月某日 庭には梅が。数日暖かき日が続く。但し散歩は出来ない。読書は堀辰雄である。幾ら読んでも答は見つからない。問ばかりが増える。蕾花開き風の如き日日。只通過する。 三月某日 庭の梅に妖精がゐるとは考へられない。…
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時間の利用

床の間に亂雜に積んである本の中から                          堀辰雄 彼は気儘に選択した一冊の本を持つて散歩に出る。其れが彼の時間の利用である。小説家はプルーストが花を好み作品の中に描いた事を執拗に書いてゐる。彼は其れを少しだけ真似した。僕はプルーストがソドムとゴモラのような作品にも描いた花を…
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万華鏡

人間の天狗とは高慢なる人を指していふ語にて高慢の異名である                                        井上円了 世の人みな天狗であるのか。多分さうであらう。また世の人はみな彼をかうまんちきと呼ぶ。多分さうであらう。老人もまた天狗にならう。此れで退屈は和らぐ筈である。或る若い人が万華鏡を…
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指か手か

  荒々しく   奪ふやうに          ユリアン·トゥーヴィム 雪國の翻訳を例にして大澤吉博が指が手 hand であることを書いてゐる。此処は日本人にとつてエロティックな意味を持つ處でせうが大澤の解釈は或る時代に着眼する。其れはヴェトナム戦争以前と云ふことで性解放以前の事情と云ふことになる。 …
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自殺志願

    僕がパンを食べないのは・・・                   モーム 自殺志願。プラスの小説、旧訳の題名である。新訳の方は読んでゐない。なぜ彼女が自殺したのかは以前書いた気もするが忘れた。そして、老人も緩慢な自殺を志願中である。継続は数十年に及ぶ。年月は続くけれど人間の生は短くて儚い。墓もない。いつもぼんやり…
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万の反古

おぼえている人もあるかも知れないが                           金達寿 二葉亭の平凡は、さて何もやることがないので、小説を書くことを決心する。そして、技法を考へる。此れが僕には可笑しいのである。高校生の頃に読んだ二葉亭はもつと生真面目なものだつた。現在の自分は笑ふのである。 先日、母と墓…
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王國の、魔のリズム。

白秋の雀の生活は散文の詩でせう。・・・鳥類の中の雀を、大概の人は、地上の石ころ同様に思つてゐます。と詩人が書いて観察してゐる。彼は何処にゐて見てゐるのだらうか。庭に面した縁側からだらうか。小田原の散歩の道すがらだらうか。 しかし、聖フランシスが出で釈尊の雀も現れ・・・そして茶色の雀。もとより其れは自分であり、普通の人間である。アツ…
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四月の馬鹿

ケイトが生まれ育つたのは、倫敦近郊にあるコンクリート造りのショッピングセンターと産業の町クロイドンだ。                                                           「ケイト・モス」より 某月某日 テレビを見てゐると、元野球選手の二人が・・・と画面の上段…
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Now And Then

或る料理研究家は、ラブレーの作品に出てくる料理に、其の一つ一つを解説してゐる。僕は、美食に何の興味もないのだけれど、・・・しかし、忘れてはならないラブレーの愉しみ方の一つとする。おそらく、人間は最後になつて酒や喫煙を愉しむのか愉しまないのかに尽きる。最後の選択。僕の祖母は季節外れの柿だつた。父は余命幾らと云はれても、更に数年も生きたけれ…
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Even It Up

「高慢と偏見」の作者は、自ら進んで喜劇の分野に専心する。                                        Jean Raimond 彼女とエッジワースが描いたのは風俗小説だつた。エッジワースの方がはるかに多忙な生活だつたかもしれないが、しかし、其れは殆ど意味のないことだつた。そして、…
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Bye Bye

   毒薬。毒薬。またはじまつたな。                        武田泰淳 時間がなくなつたな。はらはらしながら生きてゐる気がする。新しいブログを書く予定で避けてきたのは何だらうか。何故だらうか。体調もよくない。からだは硬直して最後はやつてくるかしら。・・・続けて書いてゐると私小説になる。…
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杭ノ響

I 夢はもうひとつの生である。・・・ネルヴァル この島に着いたときの私の憂愁を思ひ給へ。・・・太宰治 國の為とか、人類の為とかいふことで頭が一杯になつてゐる人間は、例へばただ山がそこにあるから登るなどといふことは考へない。・・・吉田健一 山中に召集令状の来たのは暑い日だった。・・・小津安二郎 …
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夢のなかの暖炉の火はいつも暖かいのか

   これだけはと残してあつた「墨東綺譚」の署名入の初版本を売りにS町に行くことにした。                                                          萩原葉子 某月某日 古本屋の棚に二冊が並んでゐた。Michelangelo と Rem…
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倫敦を読む

英國で往來で子供に突き當ると、子供の方から先に、失禮と謝る。                                           吉田健一 倫敦が広い場所であり、町である事は確かである。但し、観光案内の話ではない。例へば、Bloomsbury を英和辞典で引いても、其の語源のやうなものは見つか…
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「密林通信」戯書

    わが家では本棚最上段を神棚とし                             高橋順子 以下は偶に御覧になると宜しい。親愛なる読書家へ。 手紙歳時記 佐佐木幸綱 密林古書店 \ 12,600 びぶりあ古書店 \ 100 露伴の書簡 幸田文 編 密林…
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日記を読む

《我々が日記や手紙や自叙傳を讀んで「面白い」とか「面白くない」とかいふ感想を述べることはあつても「よく書けてゐる」とかゐないかいふ批評を下すことは先づないと言つてもよい。》                                                      杉捷夫 去る二十九日、…
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東京を愉しむ地図

              電卓用の手とコンセントのぬきさし用の足よ                                         高野文子 地図を描く事は愉しいのだが、紙と鉛筆を用意した途端に、不器用な手が震へる。子供の頃に、近所の地図を模造紙に描いた。歩数をメモして・・・、商店や駄菓子屋をメ…
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本を読む

            大きな魚が小さな魚を食べる。                         ジェフ・ニコルソン かうした本ははじめて読む。小説である。少なくとも小説であらうと信じる。作者の名前も知らなかつた。別に其れは問題になる事ではない。少なくとも彼は小説家であらう。さう信じると書くと不信は生じる。老人…
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月の光 他

トリオレの小説を読みながら、アンジェラ・カーターを連想する。彼女の印象は夢見る少女ではなかつた。夢見る人はゴーゴリである。彼は、最後に、発狂した。否、冷静に死を選択した。エルザ・トリオレもまた、最後は狂信的だつたかもしれない。其れを党派的と云つてもいいけれど、しかし、彼女の優れた資質はゴーリキーに還るかもしれない。露西亜文学の偉大な子孫…
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鴨長明 「新・書簡集」

それは東京に大地震があつて間もない頃                   甲賀三郎 驢馬氏へ 皆様、元気活発也。壮健の源は何でせうか。・・・本日、いつもの珈琲屋にて、一服の時、顔見知りの中年店員さん、珈琲の原価安し、いつも有難き、と。彼店主に非ず、良き接客。久しぶりに爺は嬉しくなりました。 ドーナツ餅…
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空想の翼を

嗚呼思ひ出せばもウ五十年の昔となツた。                    嵯峨の屋 逍遥の別号は春の屋主人。鎮四郎の友人に辰之助あり。故に、嵯峨の屋は春の屋の弟子となつた。本日、雨。老人の思ひ出のやうな書出しは、しかし、著者未だ若き年の、初戀を真似た創作である。伊藤整に拠れば、自伝的要素が多いとある。 …
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昔の知恵は今滅びてく

世には心得ぬことの多きなり              兼好 此れは或る處に、袖珍世界文学全集として、冗談混じりに話した事のメモの抜粋です。 竹林の小屋の、書棚の一番下段に、架空文庫社版の袖珍世界文学全集が並んでゐる。まあ特別な本はないけれど、退屈もしないで、再読が可能。時計は此処から再び動き始める。手に入れた古…
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寡婦と年増と在りし日の歌

白髪の執事に案内されて            ジェイムズ・ヒルトン 三月は殆どなにもしなかつた。部屋のなかでパソコンの前に腰を降ろして、なにも考へることもなく、ポロック展もやめて、遊んでゐた。でも、退屈だつたから本は読みましたね。殆ど忘れてゐた龍之介の小説もまとめて読んだし、今度は如亭も熱心に読むことができた…
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逸樂の猫

「現在」がいふ 自分は「過去」だと                   ボードレール 某月某日 予測通りに都心は雪になる。信号機に積つた雪が地上へ落ちる。滑り落ちるのを見てゐると其の小さな塊でも重さを感じるのだらう。朝のテレビでは舗道を滑らないやうな歩き方を解説してゐた。昨夜に続いて今夜も地震である。僕はいつも…
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To The Happy Few

退屈は最大の刺激剤。           セオドア・ローザック 此の一週間はなにをしてゐたのか。勿論なにもしてゐない。毎日つぶやきで遊んでゐた。表面上は詰らぬことばかりで日常の散歩からは遠い。或る時代に亜米利加から欧羅巴へだれもが出掛けて行つた。其れはなぜだらうかと考へると退屈だつたからではないか。多くが目的地とした…
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冬日可以禦寒夏天可以敗暑

某月某日 繪事功殊絶と杜甫の詩にある。春になれば秋になればと思ふと時は過ぎ去り再び冬が来て夏が来る。梅園を見て龍子を眺める予定ではあるが春を待つ必要もなく横になつて百合子が顕治へ書いた無数の書簡を読み Zola を押しやる自分自身を嗤ふこと頻りなり。 某月某日 神話では天空と大地あり。羅馬の詩人は時代を四つに区分し黄金…
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Alone

中国宋代の偉大な山水画と西洋近代絵画との最大のちがいは遠近法の有無ではなく、その在り方にある。                                                 吉田秀和 続けて僕の好きな音楽の題名を其の儘に表題とする。此れは悪くないと思つてゐるのだが自負してゐる訳ではない。勝手…
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The Ballad of Lucy Jordan

ヒッピイ・スタイルの少女達が                 埴谷雄高 青年の環を読んでも死霊を読んでも僕はいつも旅のなかにあるやうなのだ。最近は小屋から殆ど出ることもなくなつた。日常はいつも面白過ぎることでいつぱいだからだらうか。退屈な日々の裏返しに通りに立ち止まつてみる。空を見上げてみる。電車に乗つて隣の駅まで行…
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Whole Lotta Love

顔が耳のあいだにはさまってるんだ                   安部公房 西鶴のアノ有名な辞世の句と共に、遺作の幾つかを出したのは団水である。コノ時代の出版事情と師弟関係は如何なるものだつたのか。団水については其の序文を読むくらいで何も知らない。そして、棚から西鶴集を出してみるが判らないことも多い。けれど判らな…
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懦弱論

侍になりたる夢を繰り思ふ胸のあたりがえぐし朝から                          茂吉 光圀のあと希望など無かつたやうに藩は弱体化する。酒を飲んで綻びる。斯様な話も老人の戯言である。或るミステリに、女性捜査官が少年の部屋を調べにやつて来る。室内は汚れて臭い。其れは skunk の悪臭である。彼は逃亡…
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