愉快な散歩或いは読書

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<<   作成日時 : 2012/02/26 06:40   >>

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退屈は最大の刺激剤。
          セオドア・ローザック




此の一週間はなにをしてゐたのか。勿論なにもしてゐない。毎日つぶやきで遊んでゐた。表面上は詰らぬことばかりで日常の散歩からは遠い。或る時代に亜米利加から欧羅巴へだれもが出掛けて行つた。其れはなぜだらうかと考へると退屈だつたからではないか。多くが目的地としたのは巴里だつた。バルザックとスタンダールからスタール夫人を読み巴里の三十年を読み百年を経ないで此処は絶頂期を迎へる。時代は大戦のあとと云ふべきだらうか。都市の其の後と云ふのはいつでも下り坂である。だからと云つて僕たちが歴史を知つてゐることにはならないけれどビーチやモニエのドチラも有名な本を読み直してフェヌロンの言語論のやうな批評を思ひ出したりもした。テレビで仏蘭西語講座を見てゐるとアラゴンとトリオレの話である。巴里の農夫を前日まで読んでゐた。ナジャも巴里の農夫もつぶやきの若い人たちに似てゐるやうな錯覚も起きる。若い人たちはなぜ急ぐのだらうと云ふのが僕の気懸りではあつたけれど。以前書いたシャーウッド・アンダーソンだつて巴里では先を急ぐ旅人だつた。フォークナーもミラーもさうだつた。そして帝國はいつも必ず没落する。

総勢四人。閉店まで飲んでゐて終電を気にしてゐたのは僕だけ。納豆を好むのは二人。エヴァが好きな者も二人。アラフォーとは Around40 である。知らなかつたのは僕だけ。喫煙者は二人。団塊の世代の父を持つ人。第二次ベビーブームの時代に生まれたと彼女は云ふ。最初其れがいつだつたのか判らなかつた。帰宅して辞書を引くと円周及びそれに沿つての運動を表したがとある。ジュリアナ東京で踊つた人と其の運動が関連するやうな錯覚。以後此の國は零落を続けてゐる。スタインにやさしい釦があるけれど不揃いなまつりごとは単なる喜劇でしかない。エリオットとヘミングウェイは幸福な時代に死んだ。ドチラも滑稽ではあつたけれど。

二月。季語としての其れは春である。竹林の月の奥より二月来る。さう頭では考へるけれど不思議な月である。面白いのは寄居虫であらうか。歳時記をみても季節は浮ばないこともある。寅彦もなにか書いてゐたやうな気がするが忘れた。そして寄居虫がなにであるかも鋏あり殻ありで妙な生物である。陸の動物でもあるやうだが僕は其れを知らない。夕方になつてポロック展から妹が帰つて来た。滴のやうな滲みのやうな其れは無論油絵ではない。其れと同じなにかを残して走るのは寄居虫である。

甲乙丙丁を再読しながら此のとき作家はなにを考へてゐたのだらうかと今回は其のことが気になつた。小説は日本共産党の問題であり戦後文学の其れでもあつたけれど歌のわかれなどの牧歌的な抒情ではなかつた。当時の僕は古本屋で群像や新潮のバックナンバーから気に入つた作家の名前を見つけて購入してゐた。多分三十円くらいだつた。甲乙丙丁や死の島は長い小説だなあと思ひながら連載中は読むことはなく単行本化されてからの戦後の傑作と思つた。死霊はまだ完結してゐない。野間宏の長篇は終了してゐた筈である。小島信夫の其れは続いてゐたかしら。既に記憶は遥である。僕は此の頃中野重治の描いた状況の多くを理解できなかつた。其の理解できなかつたことの多くが現在も残つてゐるのだけれど。否作家の思考のなかにあつたのは一つの文体ではないか。

さう考へたのは僕の頭を惡の華のことが掠めたからであらう。

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