愉快な散歩或いは読書

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<<   作成日時 : 2012/09/29 02:21   >>

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トリオレの小説を読みながら、アンジェラ・カーターを連想する。彼女の印象は夢見る少女ではなかつた。夢見る人はゴーゴリである。彼は、最後に、発狂した。否、冷静に死を選択した。エルザ・トリオレもまた、最後は狂信的だつたかもしれない。其れを党派的と云つてもいいけれど、しかし、彼女の優れた資質はゴーリキーに還るかもしれない。露西亜文学の偉大な子孫とは誰も云はないだらうな。

東海道四谷怪談は、勿論、南北の作である。此れは細見。悪くないなあ。僕は、此の言葉が好きですね。吉原もいいけれど、雨の日に歌舞伎を読むのが愉しい。まだ吉原があつた時代の、戦争へ進む國家の、不況時代に客足が増えた庶民の活力が南北の生きた時代と重なる。文化とは、文明とはアナーキーである。

楕円形の肖像とは、其の肖像画は斎藤磯雄の描いたボオドレエルである。斎藤の研究の短い感想からタイトルとなつた本である。ドレモ短いものばかりであるが、僕は、荷風とボードレールを愉しんだ。荷風は、悪の華を悪の花としてゐる。佐藤は其の差異を微妙に批判する。彼の訳業を認めつつ、荷風がボードレールから離れて行つた事も面白い。近代の屈折は粗方解明されたであらうか。また一つ荷風を読む愉しみが増してきて、疑問が生まれる。

斯様な本は若い人は読まないだらう。ところが僕のやうな無知な人間にはとても面白かつたのである。僕にとつては入門書になつた。シュムペーター先生の思い出も序文もいい。そして、ショーの序文集なるものに興味を持つた。出会つて欲しい本であるが、僕には時間がないから無理かもしれない。かうした事例が豊富にある。個人的に圧巻は、黒澤酉藏翁と「田中正造全集」であつた。図書に掲載された小文であるが、自惚れて云へば、わが目の確かさに満足したのである。既に雑誌で読んでゐたのかもしれないが、いまよりもつと無知だつた事を反省する。

ユウジェニイ・ド・ゲランは、モオリス・ド・ゲランの姉である。彼女の残した日記は簡単に読むことができるけれど、翻訳で読むにはさう容易ではないかもしれない。だからと云つて、心配は無用である。一つはアミエルの日記を読んだ人は多いだらう。そして、堀辰雄を思ひ出して欲しい。彼は、有名な小説家であるが、優れた読書家であり、翻訳家だつた。リルケを、アポリネールを彼の訳で読む人は稀かもしれない。此処が新訳を売る現代の出版の拙い風潮なのである。なぜゲランの詩やユウジェニイの日記は出ないのだらうか。ヒントは既に書いた。

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