愉快な散歩或いは読書

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<<   作成日時 : 2013/03/08 16:52   >>

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「高慢と偏見」の作者は、自ら進んで喜劇の分野に専心する。
                                       Jean Raimond





彼女とエッジワースが描いたのは風俗小説だつた。エッジワースの方がはるかに多忙な生活だつたかもしれないが、しかし、其れは殆ど意味のないことだつた。そして、コノ國の詩人の方が其れを強いられたかもしれなかつたと云ふ点では。・・・彼は多忙だつた。多くの点で。

北原白秋 1885-1942

彼は、邪宗門や雲母集やトンボの眼玉を残した。そして、フレップ・トリップを。
彼は、鑕のやうなものまで残したのだつた。
・・・

a 栗の花ほのか匂へる木がくりに金魚桶置く昼ひそかなり
b 栗の花むらがり匂ふ木がくりに金魚桶置く昼ひそかなり

a を白秋が添削したものが b である。彼は同じ形容の重なりを戒めてゐる。

彼はかうした行為を続けた。其のなかには自分の歌も含まれた。


詩人の生涯で、どれだけの転居があつたのだらうか。・・・


詩人と同様に小説家である彼は多くの小説を残した。短篇も長篇も。・・・しかし、今日では忘れられた作家であらう。批評家は彼を題材に一つの論を書いたのだつた。批評家である彼も小林秀雄のやうには記憶に留めてゐないかもしれない。

例へば、日日草の目は青いと書いた詩人であり翻訳家は、小説の主人公であるヴァンカを短い詩に書いた。其れを読んでゐた頃に、勿論、詩の方ではなく小説の方ですが、僕は彼の小説も読んだのだつた。

余談であるが、ヴァンカの詩と同じ雑誌には深尾須磨子が訳した動物の対話の短い書評が出てゐる。

其のとき、批評家はかう書いたのだつた。夏目漱石のやうに、「坊ちやん」から出発して「明暗」へ行くひともあれば、この作者のやうに、「麦死なず」から出発して、「石中先生行状記」へ行くひともある。

彼の論はドレモ同じだと云ふ意味では確かに同じではあるけれど、小林とは異なるのも確かである。

未来社版の著作集は後に出た全集版よりもなぜか宜しい。


石坂洋次郎 1900-1986

花田清輝 1909-1974


孤立無援の唄のなかに貸本屋が出てくる。個人的には其れは僕が小学生の頃だつた。高橋を読んだ時代とはズレを感じていつも違和感がある。米屋は何処にでもあつた。食べることと米屋は重要なファクターだつた。いま当時の米屋は廃業し建物だけがシャッターを降ろして残つてゐる。時代が錯綜して未来がある。

未来社版の著作集は如何にして生まれたのだらうか。森田が活躍したのは七十年代である。

丸谷才一は小林がたいした批評家ではなかつた、と彼方此方に書いてゐるが、丸谷が評価してゐたのは吉田秀和だつた。

主人公であるヴァンカの心理を描いた作家について、或る批評家はかう書いたのだつた。あらゆる芸術の分野で単純さが完璧の目印であることを誰よりもよく知つてゐた、と。


堀口大學 1892-1981

コレット 1873-1954

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